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「ねぇ、あの、さ。もしかして…」

 歯切れが悪い。さっさと言えボケ。苛々する。
私のそんな心中を知らないだろう村田はおどおどと下を見てばかりだ。
 そんな奴。所詮そんな奴。私の目も見られないくせに、不用意に近付く間抜け。
 なんでこんな奴が…

私の機嫌が下降するのに気が付いたのか、村田がはっとして顔を上げた時には既に怒髪天を衝いている私がいた。
村田は顔を上げてもやはり私を見ない。だから、どんくさいコイツは私が本気で怒っているのに気付くわけがない。もっとも人前で本気で感情を表したりなどそう滅多にしないが。
身長差のことを差し引いてもその無礼な態度にムカついた私は、お返しとばかりにそっぽを向く。あちゃ、それこそ餓鬼っぽいか。

「村田さん、私急いでるから、あなたの考えがまとまったらまたお話を聞くわ」

その一言に押されたのか、村田はすぐにもごもごとしていた口を開いた。
言い難そうに、自分のボキャブラリから最適なものを選ぶようにゆっくりと、言葉を空に振るわせる。

「レンちゃんは…私のこと、嫌いなのかな…私嫌われるようなことしたのかな…」

 あら、よく気付いたわね愚鈍のくせに。

村田が最後はボソッと呟くようにしたためよく聞こえなかったが、下らないことにかわりは無いので一々聞き直したりなどしない。
しかし、さて。どうしたものか。
煙にまいて面の顔をさらに厚くするのも悪くないが、そろそろ潮時、か。
終わらせてみようか。
そろそろこの不毛な茶番にも飽きてきたところだ。
思い切るか。

「あら、村田さんたら、いきなり何を仰るのかと思えば…」
「私、謝るよ。レンちゃんを怒らせるようなことしちゃったなら謝るから、だから…」
「いつから」
「え?」
「いつからそんな風に思ったの?」
「あの、昨日、レンちゃんがいつもと違って…私、身に覚えがないんだけど」
「全部だよ」

「え」

私は1歩、2歩と後退し手を広げる。
「全部だよ、全部気に入らない。あんたの何もかもが。外見、声、思想、性格、存在総てが私の平常心を狂わせる。害悪。消えてよ、人害。これ以上乱さないで。あなたがいないことは世界の平穏なのに。認めてよ。消えてよ」

私は今どんな顔をしているんだろう。きっと醜くて、至上の美しさ。




 幸せは幸せなのに。

 ここにあなたの不在を心から願う私がいるのに。
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「自分を見てくれないならあの女共々死ねばいい」

あんたを馬鹿だと思ってた。前後不覚に陥った可哀想な女だと。脇役の余計な妬みねって。

でも違ったんだ。今ならあんたがなんであんなに泣いて喚いてナイフを振り回したのかわかったわ。あなた、絶望的な孤独感に苛まれて逃げ場が無くなったんでしょう?今の私みたいに。
私を必要としないあなたならいらない。私を見てくれないあなたはいらない。見たくない。
私が幸せにするんだよ。私が守るのに。私が。
私以外の人を隣においていてもあなたが幸せならそれでいいなんて、嘘だ。そんなことはあり得ない。そんなのは自分を美しい人に見せるための綺麗言で敗北しても惨めにみえないようにする予防線、虚勢、見栄。馬鹿みたい!!

私の存在を喜ばないあなたならいらないわ。私を放って幸せになるなんて許さない。

馬鹿みたいだって笑われたって、今なら恥ずかしくない。何も怖くない。

自分がいなくても大丈夫なあなたなんて、嫌だ。
それならいっそいなくなればいい。苦しめばいい。

思い知れ!!

お美しい人間共めお前ら全員絶望を味わえ。

 「お姉ちゃん、このケーキ食べるの?」

プレイ中のテトリスを停止して声のしたほうに反射的に振り向くと、あのこの入れ代わりみたいに産まれたチビの妹が、冷蔵庫から私が手を付けていないショートケーキを持ち出して聞いた。

「食べてもいいけど、ベランダと庭の花の水やりあんたがやってよ」

別に期待はしていなかったのだが、そう言った数瞬後には私は既にテトリスを再開していたし、妹はダッシュで赤いぞうさんじょうろに水を容れ始めていた。

小さな子供は従順で単純なところがいい。それ以外に魅力なんてあるのか?
生意気で泣き虫な子供なんかこの世界から消え失せてしまえ。無茶なことを願ってみる。

私の妹は実に単純で、今もケーキという見返りを求めて私の言うことをよくきいてくれている。
細い腕で効率が悪い小さなじょうろを使い、ガーデニングが大好きなお母さんの可愛い分身達に餌を与える。
労力の無駄遣いだなぁ…
などと私は思うのだが、当の本人は割の合わないケーキ一切れでお姉ちゃんのいうことをはいはいときいてくれるのだから、かわいらしいことこの上ない。

「ありがとねー」と揺れる二つ結びの髪に向かって私はぽつりと零した。聞こえていないかもしれない。

…苛つく。

「ねえ、なんで遅刻してくるの」
「いや、実は俺の家だけ暴風警報でててさァ」

そんないいわけは面白くも何ともない。憎たらしい。

「ねえなんで時間が守れないの」
「目覚まし時計のヤロウがご機嫌ななめでよ」

一方はへらへら笑う男、もう一方は仏頂面で今にも爆発しそうな女。
ピリピリしたムード(主に女が発する)に喫茶店の客たちや店員さえもちらちらと視線を送るが、私は目の前の男だけに視線を合わせる。



「覚悟せいよ…」



込めるは右足。ありったけの力。

ぐんと振り上げた足は孤を描いて、男の座る椅子に向かい、バァンと盛大な音をたてて衝撃をあたえる。

見ると女のかわいらしい爪先がとんがった靴は、先が潰れてしわが依っていた。
こちらの被害も大きいと思われる。
女はジンジンとした痛みをやせ我慢している。


「ヤス…今のは相当響いたぞ」
「…天誅」
「大きいな」


震度5。そう呟いた女はバッグをひっ掴んで喫茶店をあとにする。入り口のベルが鳴る。


男は慣れた動きで会計をすませるとため息を一つ、女の蹴りが効いたのを尻を何度もさすることで暗に示しているかのように、苦痛の顔で出ていった。
親愛なる伯父さまへ

涙は我慢できる
でも笑いたいのは我慢できない

殴るのは我慢できる
でも罵りたいのは我慢できない

憎みそうになるのは我慢できる
でも怒りたいのは我慢できない

嫌いになりそうなのは我慢できなくもない
でも好きになるのは我慢できない

大嫌い 消えてしまえって言われたら身を隠すしかないけど
いつも誰かと一緒じゃなくてもいいって言う人は別にいい
でも「一人が好き 一人にしてって言う人が一番誰かが側にいてあげないといけないんだよ」
あの時あなたは誰のことを言っていたんでしょう
私がまだ子供だからでしょうか。まだわかりません。
わかる必要があるのかどうかも。
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